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2013/12/25

これがフランス中世クリスマス料理のレシピだ!


本サイト記事「中世の「食」を読み解く」でも解説されているように、ヨーロッパ中世では食べものをめぐる決まり事が多く、なかでも教会の教えが強い影響を与えていました。

キリストの誕生を祝うクリスマスは、宗教が生活の隅々まで行き渡っていた当時、一年で一番大切な日でした。今日、クリスマス料理と言えば、七面鳥の丸焼き dinde rôtie や生牡蠣 huîtres(フランスでは牡蠣といえば生牡蠣です)、フォアグラ foie gras、ビュッシュ・ド・ノエル bûche de Noël など定番が広く行き渡っていますが、中世にはまだ「定番料理」といえるほど広がったものはなく、「クリスマスには普段食べられないような贅沢な料理をたくさん食べる」という習慣が一般的だったようです。

ただ、そうした贅沢な料理のなかで、地方によって比較的よく食べられたという料理が伝えられています。本CSフランス語講座では、こうした中世料理を集めてコースに編成し、各料理のレシピを聴講生の間で分担して訳しました。

訳してみると、現代では使われていない材料やスパイスも多く、どんな味がするのか想像がつかないものもあります。そのレシピに従って実際に作ってみると(レシピには、実際に作ってみたときのコツなども所どころコメントされています)、どれも「意外と簡単で、美味しい!」すでにわが家の定番料理になったものもあります。 読者の皆さんも是非トライしてみてください。

2013/12/11

中世の「食」を読み解く

フランス語の原文はこちら:Cuisine médiévale - texte en français

食にまつわる決まり事

パンとワインの簡単な食事を分かち合う旅人の一団:
14世紀の書物『モデュス王とラティオ妃の書』より

地中海文化の料理は、古代より穀物、とくに様々な種類の小麦を土台にしていました。小麦粉をミルクで煮たミルク粥やオートミール、後世にはパンが主食になり、人々の中心的なカロリー源になりました。たとえば、8世紀から11世紀にかけて、食物全体に占める各種穀物の割合は約1/3から3/4にまで増えています。小麦への依存度は、中世全体を通して高い状態が続き、キリスト教が広がるにつれて北方の地域に拡大して行きました。けれども、寒い地域では、小麦はほとんどの人には買えない高価なもので、貴族だけが食べられるものでした。

カトリック教会と東方正教会、そして教会が定めた暦が、当時の食習慣に大きな影響を与えていました。たとえば肉を食べることは、1年の1/3近い期間にわたってほとんどのキリスト教徒が禁止されいました。また、卵などすべての動物性食品(魚を除く)は、ふつう四旬節[1]や大斎[2]の間は食べてはならないとされていました。

現代日本によみがえったフランス中世の宴会 Banquet au Moyen Âge



「中世フランスの人たちはどんな料理を食べていたのか?」——大胆かつ素朴なこのギモンに答えを見出すべく、中世のレシピ本(の解説本)に果敢に取り組んだCSフランス語精鋭の面々。中世食文化の背景を探り、困難を極めた解読作業を経て、中世フランス食文化という、今日のフランス人にとってさえ未知、前人未踏(?)の闇に斬り込んだのでした!

はたして、その成果やいかに!?——

レシピから広がる中世フランスの食と文化:フランス中世の宴会(banquet)料理レシピ

最近はヨーロッパでも中世料理ブーム。
あちこちに専門レストランもできてい
ます。もちろんレシピ本も。ここでは
う本を参考にさせていただきました。
「中世」と呼ばれる時代区分は、一般に「古代よりも後、近世よりも前の時代」、紀元5世紀から15世紀ぐらいと言われています。いまから1000年前後も昔のフランス(当時は「フランス」という国そのものも、あったようななかったような…。いちおうフランク王国が起源とされているようですが)で、人々はどんなものを食べていたのでしょうか?

絵画や彫刻、建築、あるいは衣服など過去に人間が作り出した「有形」の遺産の多くは、元のままの形で今日まで残っています。また、文学や歴史など文字に書かれた記録も今日読み解くことが可能です。ところが、味覚については記録のしようがない。「これはほっぺたがとろけるほどウマい」と思っても、食べてしまえばあとに何も残りませんから。文化の中で「食文化」の過去は深い闇に包まれているのです(音楽もこれに近いところがありますよね)。

過去の食文化を知るための唯一の頼りは、料理のレシピです。今日まで伝えられている希有な中世のレシピをもとに、実際につくってみる以外に知りようがないのです。