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2016/11/16

2016/06/20

スローフード

講座テキスト

「スローフード」は、市民団体の地域ネットワークに根ざした国際団体で、食べる人にとっても、作る人にとっても、さらには地球にとっても良い食品に誰もがアクセスできるような世界をつくることを目指しています。

2015/02/18

ワインから見えるフランスの食と農:3. ワインの味わい方


ワインを味わうということは、ワインの製造年度や呼称、ブドウが作られた畑を当てることではありません。ワインを味わうというのは、ワインが眼や鼻、口で惹き起こす感覚を吟味することなのです。当てっこをして楽しめるのも、その後なのです。
ワインの醸造(oenologie)はまた別物で、ワインをつくる技術のことです。

ちょっとソムリエになった気分で

栓は前もって抜いておきます。グラスに約60ccのワインを注ぎ、白いものの前でグラスを傾けて眺めます。赤ワインの場合、グラスの表面にオレンジがかった反射が見えないときは、ワインがまだ若いという印なので、別の容器に移し替え(カラフェ)他方がいいかもしれません。ほかにも同じボトルがあれば、しばらく取っておいて熟成を待つ方がいいでしょう。

次に、グラスを鼻にかざして香りをかぎます。この時、ブション味がしないか確かめます。グラスを回してもう一度かぎます。そして、ひと口、口に含みます。

以上が基本。

2014/12/03

ワインから見えるフランスの食と農:2. 有機、ワイン、亜硫酸塩



有機ワイン」、無添加ワイン、自然ワインの違いがわかりますか? 有機ワインを語ることは、法律に則ってはいるけれども、正確とは言えません。ワインの製造工程まで有機にすることはできないのです。せいぜい生物を尊重することができるだけです。以下、有機農業と亜硫酸塩、そして自然ワインについて順を追ってお話ししましょう。

2014/09/10

ワインから見えるフランスの食と農:1. 香りと味


ここで皆さんにワインの化学を押し売りするつもりは毛頭ありません。以下では、フルーティーさ fruité、まったり感 onctueux、爽やかさ frais、そして渋味 tannique という、ワインを味わうときに最も重要な5つの感覚についてだけお話します。

ワインはセパージュ sépage から

セパージュとは、ブドウの木やブドウの実の種類のことです。ワインとは、基本的に発酵したブドウです。ワインの味に無限の多様性があるとすれば、それは何よりも非常に多くのセパージュがあり、栽培される条件や気候も無限だからなのです。

2013/12/25

これがフランス中世クリスマス料理のレシピだ!


本サイト記事「中世の「食」を読み解く」でも解説されているように、ヨーロッパ中世では食べものをめぐる決まり事が多く、なかでも教会の教えが強い影響を与えていました。

キリストの誕生を祝うクリスマスは、宗教が生活の隅々まで行き渡っていた当時、一年で一番大切な日でした。今日、クリスマス料理と言えば、七面鳥の丸焼き dinde rôtie や生牡蠣 huîtres(フランスでは牡蠣といえば生牡蠣です)、フォアグラ foie gras、ビュッシュ・ド・ノエル bûche de Noël など定番が広く行き渡っていますが、中世にはまだ「定番料理」といえるほど広がったものはなく、「クリスマスには普段食べられないような贅沢な料理をたくさん食べる」という習慣が一般的だったようです。

ただ、そうした贅沢な料理のなかで、地方によって比較的よく食べられたという料理が伝えられています。本CSフランス語講座では、こうした中世料理を集めてコースに編成し、各料理のレシピを聴講生の間で分担して訳しました。

訳してみると、現代では使われていない材料やスパイスも多く、どんな味がするのか想像がつかないものもあります。そのレシピに従って実際に作ってみると(レシピには、実際に作ってみたときのコツなども所どころコメントされています)、どれも「意外と簡単で、美味しい!」すでにわが家の定番料理になったものもあります。 読者の皆さんも是非トライしてみてください。

2013/12/11

中世の「食」を読み解く

フランス語の原文はこちら:Cuisine médiévale - texte en français

食にまつわる決まり事

パンとワインの簡単な食事を分かち合う旅人の一団:
14世紀の書物『モデュス王とラティオ妃の書』より

地中海文化の料理は、古代より穀物、とくに様々な種類の小麦を土台にしていました。小麦粉をミルクで煮たミルク粥やオートミール、後世にはパンが主食になり、人々の中心的なカロリー源になりました。たとえば、8世紀から11世紀にかけて、食物全体に占める各種穀物の割合は約1/3から3/4にまで増えています。小麦への依存度は、中世全体を通して高い状態が続き、キリスト教が広がるにつれて北方の地域に拡大して行きました。けれども、寒い地域では、小麦はほとんどの人には買えない高価なもので、貴族だけが食べられるものでした。

カトリック教会と東方正教会、そして教会が定めた暦が、当時の食習慣に大きな影響を与えていました。たとえば肉を食べることは、1年の1/3近い期間にわたってほとんどのキリスト教徒が禁止されいました。また、卵などすべての動物性食品(魚を除く)は、ふつう四旬節[1]や大斎[2]の間は食べてはならないとされていました。