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2012/09/17

フランスの風景と農業の親密な関係 —— 農村を支えるCTEの実際

フランスを旅行してパリを一歩出ると、そこには絵に描いたようなのどかな農村風景が広がります。なだらかに波打つ見渡す限りの農地を覆うゆたかな実り、のんびり草を食む牛たち、遠い地平線の上に突き出した教会の塔。近づいて行くと、教会の広場を取り巻くように息づく谷間の村があり、食べきれないほど大きなブリオッシュやショソン・オ・ポムが並ぶパン屋さんや、小奇麗に飾ったカフェやビストロが…。



そんなフランスの田園風景ですが、実際には日本と同じ農業問題に悩んでいます。戦後機械化を進めてきた農民は借金漬けの状態で、EUの農業補助金頼みの自転車操業。都会の消費社会に嫌気がさし、農業を志す若者は多いのに、受け入れ態勢は未整備だし、食べていける見通しも立たない。農村は高齢化し、耕作放棄地がふえ、過剰な窒素肥料の投入で地下水の硝酸塩汚染が広がり…。

こうした現状を何とかしようと、EUでは農業補助金の対象を「量」から「質」にシフトしていくことが決まっています。それを受けてフランスでもContrat territorial d'exploitation (CTE)という制度が導入されました(その後、Contrat d'Agriculture Durable(CAD:持続的農業契約)など、何度か修正が加えられていますが、大筋は同じ)。

フランスの美しい田園風景の背景には、フランス農業をアメリカや途上国の輸出攻勢から守り、農村を荒廃から救おうとする政府や市民のひとかたならぬ努力があるようです。たとえば、上の写真↑にある、農地を隔てる農道の木立。これも政府の補助金で植え付けが奨励されているって、知っていました?

農業大国フランスの農業を支えるCTEとは?






CTEって何?

カナダ・ケベック州の環境保全型農業に取り組む生産者団体の視察報告
Ecoconditionnalité: Rapport de mission (2002), p. 49-5より

調査とまとめ:藤谷 知子

Contrat territorial d'exploitation (CTE:「経営に関する国土契約」と訳されています)について、Ecoconditionnalité: Rapport de mission (2002) (「環境要件にもとづく補助金:視察団報告」。下記の「参考」のリンクからダウンロード可)のp. 49-50にある報告をまとめてみました。この文書は、カナダのケベック州から派遣された農業団体の視察団がヨーロッパを視察して、EUの新しい共通農業政策(CAP)の原則である «écoconditionnalité» (環境を保全する活動に対して補助金を出す原則)を調査したときの報告書です。外国人の目で解説してあるので、同じ外国人の私たち日本人にも分かりやすい内容になっています。

視察団がフランスのレンヌ Rennes市で行った会合では、イル=エ=ヴァレーヌIlle et Vilaine県で実践された環境農業政策について取り上げられています。そこではCTEの適用例が紹介されていて、CTEの具体的な働きが見えてきます(報告の後半では農地の硝酸塩(硝酸態窒素)汚染 対策についても報告されています)。

CTEの目指すものは、農家と国家との契約によって農業活動がもつ多様な機能の発展を促すことにあります。農業の多様な機能としては、農業による経済発展や付加価値の創造だけでなく、自然景観や生き物の多様性の保全、地域の均衡ある機能、雇用の創出など、さまざまなものが挙げられています。経済や雇用については県départementが管轄、環境や地域整備については地域圏régionが管轄しています。

県の農業開発については、県農業方針策定委員会(Commission départementale d’orientation de l’agriculture : CDOA)が決め、それがCTEに取り入れられることになっています。CDOAは、農業関連業界、環境保護グループ、消費者グループの各代表によって構成されています。

CTEは、とくに中小規模の農家との個別契約の形を取っています。CTEの取り組みには、次のような3つの段階があります:
  • 現在の農業経営の問題点を診断する
  • 農業経営改善の全体的な方針を立てる
  • CDOAが、生産者が実行すべき活動の詳細と必要な財政支援を決める

こうした手続きが整って、CTEの契約が締結されると、5年間にわたって財政支援が行われます。CTEとは別に、どの農家も環境を保護するために守るべき基準 normes が別途定められていますが、この財政支援はそうした通常の基準を満たすために使ってはいけないことになっています。財政支援の形としては、以下の2通りがあります:

  • 投資への助成:投資額の30〜55%が助成され、農家一人当たり年間15,000ユーロ(約148万円)が上限。助成の対象となる投資内容としては、生産物の見直し、建造物の整備、品質改善(表示)、自然環境の保全・改善、動物福祉の改善、経営多角化などがあります。

  • 農業環境保全基準に沿った活動への助成:農家一人当たり年間上限5,500ユーロ(約52万円)。助成額は、契約した農地面積に応じて増える仕組み。助成の対象となる活動としては、水質保全(計画的な施肥や牧草を基本にした低投入型飼料)、土壌保全(冬期の土壌被覆)、景観保全(生け垣の植え付け、農業家屋の統合など)、生物多様性の維持(沼地の保護)、などがあります。

このほかに、有機農業転換契約を締結した農家には、1契約当たり平均45,000ユーロ(444万円)が助成されます。さらに他の支援枠からの助成金が追加されることもあります。


CTEは、生産者グループが集団として締結することもできます。その場合は、地域レベルまたは地域の業種ごとに実施されることになります。地域レベルのCTEになると、CTEの計画づくりに、関係自治体や市民団体、協同組合、農業管理センターなど、地域の機関や団体がいくつも参加することになります。

イル=エ=ヴァレーヌ県では、CTEへの参加が他の地域圏よりも遅れていて、CTEの契約締結件数はまだ200件にとどまってるそうです。その理由は、CTEで満たさなければならない条件が厳しすぎたり、複雑すぎることが挙げられています。このため、CTEに代わる新しい制度がつくられています。

レンヌ市の会合では、農業が原因の硝酸塩公害にたいする活動についても報告されています。





地下水の硝酸塩[1]

硝酸塩による水質汚染公害はEU諸国に共通する問題です。多くの井戸から健康基準である数値1リットル当たり50ミリグラムを越える硝酸塩が検出されています。

それは、集約的な農法を採用したために、化学肥料の使用増大や、狭い畜舎で家畜を密集させて飼育することによって引き起こされています。

欧州理事会は、1991年に、農業に起因する地下水公害の低減と拡大予防を目標とする「硝酸塩に関する指令」を決議しました。このEU指令によって、加盟国は硝酸塩汚染対策地域を決め、農業のやり方に規制を行う(畜産廃液の年間総排出量を定めるなど)よう義務づけられることになりました。

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フランスやヨーロッパの美しい農村風景の背景には、こんな農業政策の積み重ねがあったのですね。

振り返って、日本は…???

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[1] 硝酸塩汚染については、次のような参考サイトが参考になります:





CTEを教育ファーム(農業体験教育)に応用



農業体験施設を運営し、教育ファームを推進している公共事業体 La Bergerie Nationale Rambouillet の機関誌 Le journal des fermes pédagogiques, no.8, p. 2より

まとめ:寺田 加代子

拡大EUの活動と改革の方向を定めた「アジェンダ2000 Agenda 2000」のなかで、今後のEUの共通農業政策Politique Agricole Commune PAC)の様々な取り組みが検討されたときに、フランスでは、平行して新しい「農業指針法Loi d’Orientation Agricole」の検討も行われました。そのときに打ち出された国土整備と環境を重視する政策の土台となるものとして、新たにつくられた「経営に関する国土契約Contrat Territorial d’Exploitation (CTE)」の制度が用いられることになりました。現場でも関係者(農業生産者と一般市民)が会合をもち、CTEを具体化する最初の取り組みについて話し合いました。

農業とその進むべき方向がおおいに注目されているいま、子どもたちの農業体験と取り組んできた私たちが考えなければならないは、次のように問いかけです:CTEによって、農業を市民活動に開放することが農家の利益になり、その一環として子どもたちの農業体験を受け入れてもらえるようになるのか?

CTEは何をめざしているのか?


CTEの主な目的の一つは、経済的機能(農業生産)や社会的機能(雇用や社会貢献)、そして環境保全機能(農村の保全と保護)といった、農業の多面的機能を認めようということです。

CTEは社会と農家を結ぶ制度であり、農家の側が一歩を踏み出すことによって始まります。農家の生産活動全体を、地域や品目と結びついたひとつのプロジェクトにまとめることで、その生産活動を地域全体の計画の中に位置づけ、相互に連動させるのです。

農業をテーマとした教育はCTEの活動のどの分野に入るのか?

子どもたちの農業体験学習、もっと広く言えば、農業を一般市民に開く試みは、次のような理由で農業を多角化する活動のひとつとなり得ます。
  1. こうした活動は、農村地域での農業を維持することにつながり、そのことによって農業や農村における雇用を維持することにもつながる。
  2. こうした活動は、農村地域がもっている自然や文化の価値を維持することにつながる。
  3. もっと一般的にいうと、農村体験学習(実際に農業を体験するものであれ、農村を活性化するものであれ)は、農業問題への一般市民の関心を高めるとともに、環境教育にも貢献する。したがって、市民の環境意識の向上や、農家と消費者の関係緊密化、都市と農村の交流活性化の取り組みの一環となる。
教育ファーム(農業体験教育)は、こうした貢献を通して、持続的発展に寄与しているのではないでしょうか? 1については評価しやすいのに対して、23はハッキリと目に見えにくいですが、将来の市民消費者である子どもたちの行動に影響を与えることになると思われます。

農業の多角化と市民への開放


82ものフランスの地方自治体(県)が、今後の農業と農村をどうするかを話し合う政府の公聴会に参加しました。数多くの提案が出ましたが、CTEの中身を確定するには到りませんでした。

私たちの関心事である子どもたちの農業体験については、農業の多角化の一環として、あるいは農村ツーリズム、農家での民泊、さらには広く農村と外部との交流について発言した県や、子どもたちの受け入れ、教育ファームについて発言した県もありました。

今後の具体的活動は?


まだ答えの出ていない課題もあります。そのひとつは、農業以外の活動とCTEとの関係です。たとえば、兼業農家との関係、農村のコミュニティー活動を推進している市民団体、教育ファームネットワーク、環境教育と取り組んでいる市民団体などは、教育ファームの活動と協力関係にありますが、CTEでこれらの取り組みをカバーできるのか? 

こうしたCTEの中身をめぐる課題のほかに、CTE計画の成果がどうだったのか、その実効性の評価をどうするのかという課題もあります。 

それぞれの県で、CTEをめぐる会合が続いています。今後とも、教育ファームやそのネットワークがCTEの動向に注目し、話し合いの場に出ていって発言することが大切です。

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参考文献:

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